越境するメタルソング

日本で“メタル・ゴッド”といえば音楽評論家の伊藤政則さんである。1970年代にイギリス発祥のNWOBHM(ニューウェーブオブブリティッシュヘヴィメタル)以降、“ヘヴィ・メタル”という音楽ジャンルが日本で定着したのは伊藤さんがいたから、といっても過言ではあるまい。これって凄いことだ。自分は少年の頃から伊藤さんがやられているラジオリスナーだった。ヘヴィ・メタルを一番夢中になって聴いていた中学生の頃、学校では友達とメタルの話しをして家ではカーペンターズを聴いていた。そしてその頃から今に至るまで長年、伊藤さんが書かれたライナーノーツに感銘を受けてきた。自分にとって音楽を文章で語る体験は伊藤さんから持たらされたものだ。自分のような素人が何ともおこがましいことであるが、この稚拙ブログにおいても何とか伊藤さんのその足元ぐらいには及びたい思いなのである。

その伊藤政則さんがメインの語り手として聞き手にヘヴィ・メタル専門誌『BURRN!』編集長の広瀬和生さん、このお二人が登場するトークイベント「伊藤政則の『遺言』オンラインスペシャル」


無観客で第六回目が先月配信された。自分は第二回目から観ていてこれが毎回とても楽しめるイベントになっている。伊藤さん広瀬さん両氏共に豊富な取材経験を元にHM/HRのミュージシャンや業界全体のことが語られていて物事の本質みたいなことを客観的に汲み取る鋭さがあってこのようなお二人の話しがおもしろくない訳がないのである。コロナ禍で行われた三回目、四回目あたりの配信ではヘヴィ・メタル業界だけにとどまらずエンタメ業界全体の問題として現状や今後の展望が話し合われていて興味深かったが今年の3月に行われた第五回目の配信では1990年代の日本国内におけるヘヴィ・メタルの状況がトークテーマとして取り上げられこの回がまさに“神回”、これまでの一段上をいく超絶おもしろ回だった。

1990年代の日本全体としてはバブル経済崩壊による不況の時代なのだがそんな中でも好調だった業界があってそれが音楽産業だった。史上最も多くCDが売れた時代でありピーク時の1998年CDアルバム年間販売数は3億291万3千枚、国内における音楽CD生産金額約5879億円。ちなみに2021年の国内音楽ソフト生産金額は1936億円で1998年と比べると約3分の1になっている。メディア関連、ジャーナリストの皆さんにとって90年代はレコード会社にお金を出してもらって月に一度は海外取材に行く、そんなことはざらだったそうな。今では考えられないことだという。

この90年代に“ビッグ・イン・ジャパン”と呼ばれる海外のミュージシャンやバンドが存在した。この辺のエピソードがおもしろくて本まで買ってしまった。

『ビッグ・イン・ジャパンの時代』2022年

“ビッグ・イン・ジャパン”とはミュージシャン、バンドが母国や活動拠点にしている欧米諸国より日本における人気が高い、売り上げが大きい人達のことを指さして同じ業界人が呼んだ言葉だったそうな。少し揶揄するような意味も含んでいるという。もし興味を持たれた方がいたら詳しくは本を買って読んでいただくとして配信と本の内容を総括する中でとても印象深いキーワード、ゼロコーポレーション。当時、新興レーベルだったこの会社の奮闘ぶりには目を見張るものがある。どなたか回顧録を執筆していただけないだろうか。

さて、今回貼りつけていく曲のテーマは“越境”。ヘヴィ・メタルの名曲とかビッグ・イン・ジャパン時代の曲は検索すればいくらでも出てくる。それらの曲よりかは幾分これまでの当ブログの選曲に寄せたものを、と考えた。まずは中学生の頃から聴いているIAN GILLAN BANDの2ndから。

IAN GILLAN BAND『Clear Air Turbulence』1977年

GILLANがDEEP PURPLEを脱退して次に結成したのがこのバンド。当時ジャズロックと呼ばれたバックの演奏にDEEP PURPLE時代と変わらぬままのGILLANの歌唱がミスマッチ過ぎて笑ってしまうおもしろアルバムなのだ。


Over the Hill

Deafheaven『Infinite Granite』2021年

彼らはデス・メタルの系統だったと思うのだがこのアルバムはどうしたことか。80年代のネオアコとかシューゲイザーに近い感じがある。YouTubeに挙がっているライブの様子を見るとファンはそれほど違和感はない様子。


Shellstar

Sykes『NUCLEAR COWBOY』2007年

自分はJOHN SYKESのかなりのファンだと思っている。彼が関わったオフィシャルで発売されているアルバムはすべてCDで揃えている。彼が素晴らしいソングライターであることはファンが全員思っていることだ。世界で最も過小評価されているミュージシャンの一人だと思う。“越境”という意味ではJOHNの曲の中ではこれ。


Nuclear Cowboy

KISS『Dynasty』1979年

デトロイト出身の彼らの信条はストレートなアメリカンロック。ただし良いところというか彼らたらしめているのはその時代、時代に当時のトピックに活動を寄せていくことにある。90年代、エンターテイメントな彼らにとって対極にあるグランジロックが世の中の主流となればグランジのアルバムを作ったりもする。ファンは分かっていることだが彼らの代表曲とされる「I Was Made For Lovin' You」は当時の流行、ディスコに寄せた曲だった。


“I Was Made for Lovin' You Live 4K” KISS 2020 Goodbye Atlantis, The Palm, Dubai

2019年、KISS最後の来日公演ということで観に行ったのだがもう一度「さよなら」しに来日するんじゃないか、と噂になっているようだ(笑)。こうなったら毎年「さよなら」しに来日して欲しい。70年代からの往年のファン~小さな子供まで楽しめる最高のエンターテイメントショウなのだから誰も文句言うまい。

Thin Lizzy『Nightlife』1974年

80年代あたりからギターリストとして日本での人気が高かったGARY MOOREは本田美奈子さんに楽曲提供したりフィギュアスケート羽生結弦選手が五輪での演技に「パリの散歩道」を使用したり御本人が越境した存在だった。「Still In Love With You」はGARYがTHIN LIZZY時代に最初のレコーディングをして後にPHIL LYNOTT(THIN LIZZYのリーダー)とのコラボで再びレコーディングした曲。GARYにとって自分の曲でもないのによっぽどお気に入りだったのだろうと想像する。動画はGARYが愛した曲のオリジナル演奏でギターリストはGARYではなくSCOTT GORHAMとBRIAN ROBERTSON。この演奏、素晴らし過ぎだ。


Thin Lizzy Still in love with you National Stadium Dublin 1975 HQ SD,480p

 

伊藤政則の『遺言』」、次回開催が決まりチケットを取得した。観客を入れて生トークだそうで期待が高まる。ゼロコーポレーションの話しが飛び出すだろうか。楽しみ!