ザ・ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』『スマイル』の影響を感じさせる曲集

先月、配信にてビーチボーイズのアルバム『サンフラワー』の発売50周年を祝う企画として座談会形式のトークライブを観た。

『サンフラワー』はビーチボーイズの70年代の名盤とされる作品で、

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The Beach Boys『Sunflower』1970年

配信では評論家の方々4名出演されて収録曲を深く掘り下げると共にビーチボーイズ関連全般に話題が及んでどの話しも大変興味深く、面白かった。

 ビーチボーイズの一般的なイメージというのは大雑把にいって2つに分けられるのではないか(ブライアンの離脱中、復帰後など細かく分けることも出来るがここでは一旦置いておいて)。

1、サーフィン/ホットロッド系の初期

2、『ペットサウンズ』期

現在、圧倒的に言及、引用されるのは『ペットサウンズ』の方であろう。

先日、アメリカの雑誌『ローリングストーン』が2020年度版「歴代最高アルバム」500選というのを発表した。その中で1位がマーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン』2位がビーチボーイズ『ペットサウンズ』。『ホワッツ・ゴーイン・オン』がR&B~ソウルアルバムだとすると実質ロックアルバムの1位は『ペットサウンズ』ということになる。しかしこのランキングは独断と偏見に満ちていて3位ジョニ・ミッチェル、4位スティービー・ワンダーときて5位にやっとイギリス人ロックバンドのビートルズアビーロード』がくる。ちなみにビートルズサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』は24位、ブライアン・ウィルソン版『スマイル』が399位、ビーチボーイズ『スマイルセッションズ』は選外だった。『サージェント・ペパーズ・~』と『ペットサウンズ』ってこれほど差があるのだろうか。『ホワッツ・ゴーイン・オン』は作品内容について1位であることに異論はないが❝2020年は「BLM」の年❞という主張と無関係ではないような気がする。とはいえ世界的にメジャーな雑誌が『ペットサウンズ』をロックアルバムの実質1位に選んだことを祝して今回は『ペットサウンズ』~『スマイル』っぽさを感じさせる曲をプレイリストにしてみようという趣向なのだがその前に『ペットサウンズ』~『スマイル』における個人的な思惑について少々お付き合いいただきたい(※読むのが面倒な方は飛ばしてください)。

 

 

 

1966年、ブライアン・ウィルソンが録音スタジオに籠って❝レッキング・クルー❞と呼ばれるセッションミュージシャン達と作り上げたのが『ペットサウンズ』であり、

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The Beach boys『Pet Sounds』1966年

その完成後、間髪入れずにヴァン・ダイク・パークスを作詞家として迎え入れ制作を始めたのが『スマイル』だったが未完成のまま制作中止、お蔵入りとなる。

『スマイル』に収録予定だった曲の断片をブライアン以外のメンバーで急造し発表したのが『スマイリースマイル』であり、

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The Beach boys『Smiley Smile』1967年

2011年、1967年当時の音源を再構築して出来上がったのが『スマイルセッションズ』というアルバム。

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 THE BEACH BOYS『THE SMILE SESSIONS』2011年

2004年のブライアン版『スマイル』は新録ではあるが、

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 Brian Wilson『SMILE』2004年

『スマイル』とは『スマイリースマイル』と『スマイルセッションズ』、ブライアン版『スマイル』の3つの総称と捉えることができる。

 

『スマイルセッションズ』を聴いた時、これは『ペットサウンズ』と対を成すアルバムだと思った。全くのゼロからスタートしてあのような内容が突然変異的に出来上がる訳がない。『ペットサウンズ』直後だったから生み出された音楽であり、そのおかげで現在の『ペットサウンズ』の評価にも繋がってきていると思うのだ。

『ペットサウンズ』は緻密なサウンド面に評価が集中しがちだが素晴らしいロックンロールアルバムであり素晴らしいボーカルアルバムでもある。あらゆる面においてほぼ完璧であることがこれほど長く多くの人々を夢中にし続けている理由ではないか。『スマイル』制作当時アセテート盤を聴いたというジャーナリスト、ポール・ウィリアムズの著書によるとブライアンは『ペットサウンズ』の出来に相当な手応えを感じていた、と。『スマイル』はその『ペットサウンズ』に対して真正面から対抗してクォリティの壁を越えようとした作品だった、と述べている。

『スマイル』の作風とは『ペットサウンズ』より実験的でサイケ色を増し、現代のDTMに通じるようなコラージュ感覚を用いて音像を組み上げる。歌詞は『ペットサウンズ』での心象描写より内面の方向へ深遠で抽象的な世界観。フラワームーブメント、ヒッピーカルチャーが世間を席巻する中、『スマイル』はああいう手法しか選択肢が無かったかのように思える。

葛藤と模索が作品の真相だった『スマイル』は随分長い間『ペットサウンズ』を凌駕する凄いアルバムではないか、と信じられてきた経緯がある。『スマイリースマイル』や1970年代に小出しされた曲、あるいは大量のブートレックにより真相はブライアン版『スマイル』の発売まで謎めいたままだったのだ。自分が十代の頃『スマイル』は世界一有名な未発表アルバムなどと呼ばれていた。『スマイル』がもし順当に1967年発表されていれば、その後の評価はどの様なものだったのだろうか。

ブライアン版『スマイル』と『スマイルセッションズ』が発表され、その全貌が明らかになった現在、ポップス、ロックアルバムとしての『スマイル』は失敗作であるという印象が強い(浅はかな個人の見解ですm(__)m)。元々『ペットサウンズ』を高く評価していた人々にとって長年、喉の奥に魚の骨がつっかえていたものが取れ晴れて『ペットサウンズ』がビーチボーイズの最高傑作であると声高らかに断言出来るようになり近年益々その評価が高まっているように感じる。 とはいえ『スマイル』の挑戦して散ったその姿勢は評価しなければならないし神々しいまでに崇高な雰囲気は『ペットサウンズ』と共通する。この2つの作品は年子の兄弟みたいな関係であるとここでは結論付けておきたい。

 

 

 

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Todd Rundgren『Runt.The Ballad Of Todd Rundgren』1971年

先述の配信トークライブの中でTODDの「Wailing Wall」が「Surf's Up」っぽいという話題があった。そういえばこの曲をNICK DE CARO(唐突ですが)目線で聴けばどうだろう。NICKは『PET SOUNDS』から「Caroline,No」をカバーしTODDの曲ではこの「Wailing Wall」をカバーしている。TODDは「Good Vibrations」をカバーしているので「Surf's Up」「Caroline,No」「Good Vibrations」とくれば頷ける指摘ではないか。


Todd Rundgren - Wailing Wall (Lyrics Below) (HQ)

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 LOUIS PHILIPPE『YURI GAGARIN』1998年

BEACHBOYSからの影響をもろに醸し出しているアーティストといえばLOUIS PHILIPPE。この「Diamond」は先が全く予測出来ないポップソングとして『SMILE』っぽい。自分的に最古のBEACHBOYS体験は「Guess I'm Dumb」という曲を山下達郎バージョンではなく、もちろんGLEN CAMPBELLバージョンでもなく最初にLOUIS PHILIPPEのカバーで知ったあたりか。そしてBEACHBOYSを掘っていくようになるきっかけが「Disney Girls」だった。『PET SOUNDS』より「Disney Girls」が先ってSNS、サブスクの今の時代もあるかも知れない。


Louis Philippe - Diamond

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THE HIGH LLAMAS『COLD AND BOUNCY』1998年

STEREOLABのSEAN O'HAGAN率いるTHE HIGH LLAMAS。「Painters Paint」はBEACHBOYSっぽいしSTEREOLABっぽい。ということはSTEREOLABもBEACHBOYSっぽいことになる。


High Llamas - Painters Paint

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GIORGIO TUMA『THIS LIFE DENIED ME YOUR LOVE』2016年

イタリア人SSW、GIORGIO TUMA。彼の4thアルバム『THIS LIFE DENIED ME YOUR LOVE』日本盤帯のキャッチコピーを引用すると❝美しくメランコリックな旋律の玉手箱。緻密に練り上げられた夢見心地のドリーミーポップの世界へようこそ❞。「Maude Hope」はSTEREOLABのLAETITIA SADIERをゲストボーカルに迎え、アルバム全体を通して『PET SOUNDS』を彷彿させるような美しさに満ちている。


GIORGIO TUMA & LAETITIA SADIER - Maude Hope [Official]

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 WONDERMINTS『mind if we make love to you』2003年

彼らのことを最初は渋谷系と認識していたのだがその後BRIAN WILSON BANDのメンバーとしての活動がメインになっていったような。今回のブログのことで色々調べているうちにギターのNICK WALUSKOが去年亡くなっていたことを知った。R.I.P.


Wondermints - So Nice

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Loren Oden『my heart,my love』2020年

SNS上でこの曲が『SMILE』っぽいと評されていて、なるほどなぁーと。


Inside the Studio with Loren Oden - "My Heart, My Love"

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AqualungAqualung』2002年

イギリス人SSW、MATT HALESのソロプロジェクトであるAQUALUNG。先述した配信トークライブの中でBEACHBOYSの曲の出だしがいきなり歌からだったりイントロが無かったり、短かったりしてサブスク向きだという指摘があった。BEACHBOYSは今の時代を予見した曲作りを50年以上前から実践してきたのだ。(笑)


Everything Changed- Aqualung

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WENDY&BONNIE『GENESIS』1969年

配信にも出演されていたBEACHBOYSフリークで知られる萩原健太氏の著書を読んでいるとBRIANとVAN DYKE PARKSは『SMILE』を評して❝神に捧げるティーンエイジシンフォニー❞と語っていた、とある。その言葉にしっくりくるのがこのアルバム。ジャズレーベルVERVEのプロデューサーだったGARY McFARLANDが独立して立ち上げたSKYEレコードからデビューしたWENDY&BONNIEという姉妹デュオ。当時WENDYは17才、BONNIEは13才。彼女らも生涯1作っきりアーティストである。このアルバムには『PET SOUNDS』と同質の崇高な感じが漂っていて素晴らしい。アルバムプロデュースはGARYだが曲は姉妹の共作であることに驚嘆する。


Wendy & Bonnie -[4]- By The Sea

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 PREFAB SPROUT『FROM LANGLEY PARK TO MEMPHIS』1988年

昔から「God Only Knows」っぽいなぁーと思っていたのがこの曲。サビのメロディーが難解で1度聴いたぐらいでは覚えられないほどのとてもポップソング向きとは思えないコードワークなのに、聴き終えると飛び抜けてポップな印象が残るという『PET SOUNDS』そっくりの鑑賞後感がある。


Prefab Sprout - Nightingales