『吉野葛』と『WHERE IS LOVE ?』

日本文学界の巨匠、谷崎潤一郎の小説『吉野葛』(1931年発表)。

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奈良県吉野を舞台にした紀行と創作をミックスしたような作風とでもいおうか。

小説家の「私」が室町南北朝時代をモチーフにした歴史小説を執筆するため吉野に取材旅行へ行った際のエピソードが語られるのだが実は案内役の学生時代からの友人「津村」の母親に対する思慕の情がテーマの小説なのである。津村の母は津村が幼少の頃若くして亡くなっており、津村にとって吉野出身である母のルーツを辿る旅でもあった。

津村は母への思いを“初音の鼓”と呼ぶ。初音の鼓とは吉野を舞台にした歌舞伎『義経千本桜』の中で静御前が打ち鳴らす鼓のこと。静が鼓を打つと家来の忠信(狐が化けている)が現れてピンチを救ってくれる。忠信がなぜ鼓の音に反応するのかというと初音の鼓は忠信の母狐の革が張られているというのだ。

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津村にとって母の唯一の記憶は筝(琴のこと)を弾いている様子。検校(三味線の先生)の三味線と合奏している場面である。その曲目は生田流筝曲「狐噲」(こんかい)、歌詞は子狐が母に会いに来たが一緒にはいられず森に帰る、という内容である。

吉野葛』は津村が母方の叔母の孫にあたる「お和佐」という娘と結ばれるところで終わる。母の面影を偲ばせる娘に津村が一目惚れしたのだった。

このように母を巡る伏線が幾つも張り巡らされる構造が凄く良く出来ている小説である。作中出てくる「狐噲」の歌詞について以下のような記述がある。

   「野越え山越え里打ち過ぎて」と云い、

   「あの山越えて此の山越えて」と云う詞には、

   どこか子守唄に似た調子もある

 

自分はここ2年くらい夜寝つけない時に睡眠導入剤代わりに聴くアルバムがある。

それがIRENE KRAL『WHERE IS LOVE ?』。

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IRENE KRAL『WHERE IS LOVE ?』1976年

眠れない時は心安らかにして体温を下げる必要がある。そんな時に部屋を真っ暗にしてこのアルバムを流す。実際に効果覿面で意識があるのはせいぜいアナログ盤のA面まで。6曲目以降は殆ど聴いたことがない。

ピアノとボーカルだけのシンプルな演奏。IRENEの枯れた声が実に落ち着く。歴史的名盤とか絶対オススメとか言うつもりもない。

IRENE KRALは1974年12月にこのアルバムを録音して4年後の1978年、46才の若さで亡くなっている。

いい歳をして子守唄とは何とも情けない話ではあるが。


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