yonawo「哀してる」をめぐる考察

今年の夏頃、自分が所属する部署では一日中J-POPがかかっていてyonawoの「哀してる」が幾度となく流れてきた。それを聴くともなく聴いているうちにその特徴ある音(艶圧)から「冨田ラボの新曲かな?」と思うようになった。yonawoについては「天神」がサブスクのお気に入りにある程度で熱心に聴いていた訳でもなく調べてみて初めて「哀してる」はyonawo名義でサウンドプロデュースが冨田恵一氏であると知る。そこからこの曲に俄然注目するようになったのは歌詞について考えるようになってからだ。

   酒焼け 朝焼け コロコロ泣かないで

リズムを良くするために言葉遊びの要素も取り入れていてよく練られていると思うのは繰り返される“どうか”という言葉の使い方である。国語辞典で“どうか”を調べてみると後に続く言葉の意味の一つに願望が挙げられている。

   どうか 私の手を引いて どうか 私の手を引いて

   どうか あんたの手を引いて どうか あんたの手を引いて

上記の“どうか”は真っ当な使われ方をしているが

   どうか ありがとう ごめんね 愛してる

   どうか ありがとう ごめんね 哀してる

世間一般的にこういう“どうか”の使い方ってあるのだろうか。“どうか”と“ありがとう ごめんね 哀してる”が上手く繋がっていないように思える。しかし敢えて“どうか”に続く言葉が願望であると規定すると表面的な意味を越えて強い願望として聴こえてはこないか。

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yonawo『遙かいま』2021年


yonawo-哀してる(OFFICIAL MUSIC VIDEO)


この曲のシチュエーションにぴったり嵌まるのは太平洋戦争戦時下における出征が決まった男性とその恋人である女性との最後の一日。しかし作詞の荒谷氏がそこまで想定していたかどうか分からないのでシチュエーションを限定しないで考えてみると

愛してる=生死をさまよい、生き残る人

哀してる=生死をさまよい、死にゆく人

曲のタイトルは「哀してる」であることから紡ぎ出されたストーリーの結末はバッドエンドであると考えられる。この悲しき世界観が冨田氏のプロデュースによってより深められMVの良さも相まって今年の一番曲と思うようになった。

 

「哀してる」をきっかけにぜひライブが観てみたいと思っていた矢先にyonawoがアルバムのツアーで大阪に来るというので行ってみることにした。

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大阪なんばhatchというライブハウスに椅子を並べ着席スタイルで客の声出し禁止。チケットはソールドアウト。座席数が1F、2F合わせて755席びっしり満員だった。客層は20~30代でほぼ9割、意外だったのは男性客が3~4割ぐらいいたことだ。多いなぁ、と。いい音楽を演っているバンドには視界に見えていない20~30代男性客が集まってくるということだろう。

ライブは“鎮痛剤を打って~安定剤を飲んで”という印象的なフレーズの「浪漫」から始まって1時間ほぼノンストップ。和製D’ANGELOバンドみたいな演奏でミディアムテンポの曲が多く緊張感の中でもメンバー達はリラックスしていたのかも知れない。それはMCに表れていてメンバー4人、ワイワイガヤガヤ、仕事仲間というより友達同士という感じだった。そして「哀してる」はアンコール1曲目。最初のサビ、ボーカルの荒谷氏が強く声を張り上げたところで自分の隣の席にいた30代ぐらいの女性が頻りに手で涙を拭う仕草をし始めた。荒谷翔大さん、凄いキラーぶりである。曲はメンバー4人だけで演奏するバンドアレンジで冨田ラボの要素なし。素直な演奏で聴いていて全く違和感なく元々の曲の良さが際立つ感じがした。

 

ライブ後から自分の中で気になり始めたのが「哀してる」のアレンジの問題である。果たして冨田恵一氏の起用は正解だったのか。いや、答えは出ていて大正解で間違いないのだがyonawoというバンドのことを考えるとそれで良かったのかどうか。「哀してる」は今のところyonawoの最高作、今後もバンドが存続する限り代表曲として演奏され続けるであろう曲である。一方、冨田氏にしてみればyonawo側から依頼され多分「everything」系を期待されてそれに答えた形。例えば下町の腕の良い仕立て屋のようにそれぞれ個性の異なる顧客に対して最も着心地良い最高のスーツを作る、そんな仕事ぶりであることは容易に想像がつくが「哀してる」は冨田ラボの名曲群の中の一曲として追加されるだけで冨田氏の生涯最高の仕事、渾身の出来とまでは云われることもないだろう。何かこの辺のバランスが悪く釣り合いが取れていないような気がしてならない(大きなお世話なのだが)。

 

バンドの代表曲とアレンジに関する話題として思い出されるのがTHE BEATLESThe Long And Winding Road」とPHIL SPECTORの関係である。

THE BEATLESはアルバム『LET IT BE』収録の「The Long And Winding Road」の編曲をPHIL SPECTORに依頼、PHILは得意のオーケストレーションで曲に過剰なまでの装飾を施した。作曲者であるPAUL McCARTNEYは曲のアレンジは気に入らないと公言している。

自分的には子供の頃、PHIL版「The Long And Winding Road」が「何て美しい曲!」と思って大好きだったがその後大人になりTHE BEATLESを聴き込んでいくうちに数年前発売された『LET IT BE...NAKED』のNaked Version(オーケストラが除かれている)の方がTHE BEATLESらしいし曲の良さは一つも失われていないと思い、専ら聴いているのはこちらの方である。

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THE BEATLES『LET IT BE...NAKED』2014年

THE BEATLESは『LET IT BE』発売時点で言うまでもなく世界一著名なバンド。どのようなアクションを起こしても全てが批判の対象になり得る存在だった。その点でyonawoのケースとは全く違うとも言える。yonawoはまだまだこれから世間での知名度を上げていくようなバンドで自分としてももし「哀してる」が冨田ラボプロデュースでなければ気に留めていなかったかも知れない。そして「哀してる」はyonawoの若いファンにとって自分が「The Long And Winding Road」で辿った道筋を体験するような曲になるのかも知れない。何十年も先の話ではあるけど。

最後にyonawo「哀してる」のバンドアレンジバージョンの動画を貼っておく。これは自分がライブで観たアレンジに近いストリングスを除いたバージョンである(※「闇燦々」「哀してる」の2曲収録)。


【yonawo】「闇燦々」「哀してる」