many weeks away

ミュージックレビュー

折坂悠太『平成』

折坂悠太。

平成元年生まれのシンガーソングライター。

平成最後の年に発表されたフルアルバム『平成』。

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折坂悠太『平成』2018年

“平成”という言葉は自身の出自に関わることとして以前から意識していたのだという。自分はこの中の「さびしさ」という曲に魅入られてしまった。

最初に「さびしさ」を聴いた時、“高波”、“冷たい頬に~”、あるいはアルバム収録曲「揺れる」等から連想して東日本大震災のことを歌った曲なのかと思ったがどうやらはっきり特定はしていないらしい。もっと広いレンジで捉えるべき歌詞でありスケールの大きな曲なのだ。

“長くかかったね 覚えてる” “今に分かるだろう 恋してた”

現在の時点から過去を振り返る言葉が語られていることにより過去に起こったことについて何か思いを馳せる、それは折坂のファルセットが寂しげに響くことですべて言い表されているような気がする。

トラッドフォークの影響を感じさせる三拍子の「さびしさ」はアルバム収録曲の中でも際立って美しい。自身がウェブサイトのインタビューで語っているとおり彼の最高到達点に位置する曲であろう。また一つ、自分の中で定番曲が追加された。

歌詞の最後、語りの部分で“今日の日はさようなら”とあるがそれに続く言葉は

“また会う日まで”。

最後は希望で終わっていると解釈したい。


折坂悠太 - さびしさ (Official Music Video)

11月24日、『平成』リリースツアー大阪公演を観に行ってきた。

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前売りはsold out。満員の観客の前に総勢七人のバンドメンバーが登場する。まず折坂悠太がガットギター、あとエレキギターにドラム、ベース、キーボードとヴィブラフォン、そしてパーカッション。ギターの人が他にバンジョークラリネットも担当、パーカッションの人がマラカスやタンバリン(鈴)の他、多数の鳴り物を操りとにかく音数の多い演奏だった。

オープニングは折坂が旧式の小型ラジオを手に持ってマイクにあて、AMにチューニングするが雑音が入りまた音が合っては雑音、、、しばらくそれを繰り返すという実演SEからスタートする。そしてサンバ、ジャズ、フォーク、昭和ブルース等、曲ごとにジャンルが様変わり、過去のアルバムからは宇多田ヒカルがフェイバリットに挙げているという「あさま」、ゲストを迎えて沖縄民謡をアレンジした曲やTHE BOOMのカバー「風になりたい」に至るまでとにかく盛り沢山で飽きさせない。そんな中でも一貫していたのは日本語の意味と言葉の響きを重んじる折坂悠太の歌唱スタイルだった。オープニングの実演SEや「逢引」「夜学」を聴いていると彼は劇作にも向いているように思える。

自分に関して言えば始めから「さびしさ」さえ聴ければいいと思っていたので、実際生で聴けて感動し思わずこみ上げてくるものがあった。なので満足のいくLIVE観賞ではあったのだが一点気になることはあった。過剰な自己演出は戸川純岡村靖幸ぐらい突き抜けてエンターテイメント性がないと辛くなってくる。尾崎豊が苦手な自分としてはちょっと想起してしまった次第(ファンの方ゴメンナサイ)。

『平成』という作品全体について思うことなのだが、歴史とは自分達よりも後の世代の人達が振り返って評価するものだと思う。だからといって平成に生きている自分達が総括してはいけないということではないが『平成』というタイトルの平成を意識した作品が平成という時代を言い表す作品に成り得るのかどうか。

例えは違うかも知れないが1980年代の日本を最も的確に著した作品が岡崎京子の『PINK』だという話しを聞いて今から二十年ぐらい前に『PINK』を初めて読んでみた(『PINK』の第1刷は1989年)。

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岡崎京子『pink』

子供だった自分が80年代の何たるかを知る由もないが、確かにそう思わせる何かが『PINK』にはあったような気がする。

折坂悠太の『平成』には何かがあるのか。それは次世代の人々が平成を振り返った時、評価することになるのかも知れない。