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ミュージックレビュー

カーペンターズのオリジナルアルバム『MADE IN AMERICA』とアップル「iTunes LP」サービスの停止について

カーペンターズ9枚目のオリジナルアルバム『MADE IN AMERICA』は1960~70年代に活躍した彼らにとって80年代に入り最初に発表したアルバムであり、カレン・カーペンターが存命中にリリースされた最後のオリジナルアルバムである。

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CARPENTERS『MADE IN AMERICA』1981年

以前、TVのカーペンターズ特集で湯川れい子氏が「攻撃性の全くない音楽」と評していた。昂揚感が増すような音楽がある一方でソフトな耳ざわりで気分を落ち着かせたいと思うような時にチョイスするのがカーペンターズ。心が安らげる安心して聴ける音楽。退屈さと紙一重だが自分にとっては子供の頃から聴き続けている稀有な存在といえる。それと他のアーティストより抜きん出て素晴らしいと思うのがカレンの英語の発音の美しさ。高校時代「TICKET TO RIDE」を皆の前でスピーチする課題に選んだぐらい発音のお手本にしていた。カレンならゆっくり話してくれれば自分でも聞きとれるんじゃないかと思えてくる。ではアルバムの全収録曲について。

1.「THOSE GOOD OLD DREAMS/遠い想い出」

リチャード作。シングルカットされた曲でカントリー調の軽快なリズムとサビのメロウさがベストマッチしている。彼らぐらいのキャリアになると自分達の過去とも戦わなければならない訳でこの曲は過去の名曲と比べても全く引けを取らないと思う。アルバムのオープニングに相応しい曲。

2.「STRENGTH OF A WOMAN/ストレンクス・オブ・ア・ウーマン」

しっとりと、且つ明るく男女の心の葛藤を歌い上げている曲。サビのコーラス面で工夫が感じられ、新しいことにチャレンジして行こうという意欲が感じられる。

3.「(WANT YOU)BACK IN MY LIFE AGAIN/バック・イン・マイ・ライフ」

80年代に多用されたシンセ音で始まる、時代への迎合を試みた曲。深みはないが軽快で明るい作風はこのアルバムにはぴったりだった。

4.「WHEN YOU'VE GOT WHAT IT TAKES/すばらしき人生」

このアルバムのみならずカーペンターズの全ての曲の中でも3本の指に入るぐらい好きな曲だ。シングルカットはされていないが2枚組のベスト盤なら入っているぐらいオフィシャル的にも認められている曲だと思う。作曲はソフトロックの大家ロジャー・ニコルスポール・ウィリアムズとのコンビで多数の名曲を残しており、このコンビの曲がカーペンターズの中では一番いい。リチャードも自分の曲を差し置いてカーペンターズの最高傑作は「愛のプレリュード」と言っているぐらい。

後期カーペンターズサウンドの特徴の一つにコーラスアレンジが挙げられると思う。カレンのリードにエコーが被さり分厚くなることによってメリハリが生まれ、曲に深みを持たらす効果がある。この曲はそのアレンジが最も効果的に働いている曲だと思う。イントロ(アウトロも同じ)の何気ない感じも素晴らしいがラストの歌詞“everyday”という一言にコーラス、エコーが被さるところは何度聴いても感動してしまう。


Carpenters - When You've Got What It Takes

5.「SOMEBODY'S BEEN LYIN'/あなたを信じて」

壮麗なオーケストレーションが美しい。キャロル・ベイヤー・セイガーカーペンターズサウンドには欠かせないバート・バカラックの曲。サントラのような雰囲気。

6.「I BELIEVE YOU/アイ・ビリーブ・ユー」

アナログ盤のB①にあたるこの曲はシングルカットされたお得意のバラードソング。アドリッシブラザーズという人達の曲でとにかくリチャードは自分達に合う曲を選ぶ達人だった。

7.「TOUCH ME WHEN WE'RE DANCING/タッチ・ミー」

アルバム発表から第一弾シングルだったこの曲は後期カーペンターズの代表曲ではないだろうか。同時代性を意識しながらも自分達なりの表現で弾むような雰囲気を作り出している。

8.「WHEN IT'S GONE(IT'S JUST GONE)/涙の色は」

カントリーアレンジの小品だが明るすぎず、暗すぎず、味わい深い曲に仕上がっている。

9.「BEECHWOOD4-5789/恋のビーチウッド」

マーヴェレッツのオールディーズナンバーで「プリーズ・ミスター・ポストマン」タイプの曲。この曲を含め、このアルバムはカレン存命中のラストアルバムとしてロジャー・ニコルスバカラック、得意のバラードソング等、カーペンターズの集大成のような内容になっている。

10.「BECAUSE WE ARE IN LOVE(THE WEDDING SONG)/ウェディング・ソング」

リチャードがカレンの結婚式用に書いた曲でフルオーケストラの豪華な印象を残す。カレンはレコーディング当時、短い結婚生活の中で一番幸せな時期だったようだ。

『MADE IN AMERICA』はオリジナルとしては4年ぶりに発表された作品であり、リチャードにとっては病気療養を経て制作が始められたこともあって再出発という意味が大きかった。それだけにかなり気合いが入っていてポジティブで躍動感があり明るい作風に仕上がっている。作品の出来に二人は相当手応えがあったのだろう。『メイド イン アメリカ』というタイトルは【これがアメリカの音楽だ】と自負しているように聞こえる。【THIS IS CARPENTERS】と言い換えてもいいかも知れない。そしてカレンはアルバム発表後、短い結婚生活にピリオドを打ちそれが原因だったのか否かは分からないが拒食症の症状が悪化し始める。音楽活動を休止して治療に専念するも『MADE IN AMERICA』発売から2年後の1983年にこの世を去ってしまうのだ。

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今これを読んでいらっしゃる皆様はカーペンターズのCDあるいはLPを買われたことがあるだろうか。買った事があるという人はそれはオリジナルアルバムだっただろうか。ベスト盤だっただろうか。何が言いたいかというと世界でカーペンターズ程オリジナルアルバムよりベスト盤、企画編集盤が聴かれているアーティストは他にいないんじゃないかと思っている。かく言う自分も初めて買ったカーペンターズの作品はベスト盤だった。カーペンターズの活動と同時期にファンだった現役世代の方はオリジナルアルバムからという人もいると思うが自分も含めて後追い世代はまずベスト盤から入る人が大半ではなかろうか。親がオリジナルアルバムを持っていてそれを最初に聴いたという人はいるかも知れないが。カーペンターズは実にベスト盤、企画編集盤が多く出ているアーティストである。調べてみるとアメリカ発売のものだけで非公式なものも含めると11枚確認できる。これに世界各国の独自編集盤を加えると正確な数字は把握できないくらいだ。理由はひとえにヒット曲の多さが挙げられる。それだけでアルバム一枚成り立ってしまうのだ。これは制作者サイドのシングルカットする判断の的確さがもたらした結果だった。リスナーがヒット曲満載のベスト盤で満足してしまい、オリジナルアルバムまで手が届かないのも無理もないことなのである。

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少し前になるが以下のような報道がなされた。

 

headlines.yahoo.co.jp

 記事にある通り、アップルがネット配信されたアルバムを購入した顧客に対してライナーや歌詞の閲覧を提供してきたサービスを止めるというもの。一見するとアップルに詰め寄りたくなる話だがアップルに限らず音楽配信の会社は“仲介屋”なのであってそこに主義主張などないのだ。ただ単に顧客のニーズに対応しているに過ぎない。彼らの姿勢を批判するのはお門違いというものだろう。この件について音楽を制作するアーティスト側はどう考えるだろうか。自分はただの素人なのであくまでも推測だがLPサイズの制作を止めるという方向へは向かわないのではないか。これから世に出て行こうとする若手ミュージシャンの間では配信シングルのみの活動を続ける者もいるだろうがこれが業界全体の主流の動きになるとは考えにくい。本来アーティストとは表現の幅を広げようと考えるものだろう。昔ながらのアルバムでの表現が最重要な活動の一つであるという位置付けは変わらないような気がする。となると残るはリスナー、消費者側ということになってくる。

自分のことで考えてみると一枚のアルバムを曲を飛ばさずに聴くということが少なくなってきていることは事実だ。しかしアルバムに込められた意味を考察する喜びは知っているつもりだしそれは音楽の楽しみ方の一つと考える。知り合いに一日中音楽を聴いていたいという音楽好きの青年がいて年齢は二十代前半、音楽は全て配信で聴くという。基本的にCDは買わないと。彼の話しを聞いていると本当にジェネレーションギャップというものを感じてしまう。欧米での音楽の聴き方が完全に配信メインで定着していることは日本の音楽ファンの間でも周知され、日本でも速やかにCDからダウンロード、ストリーミングへ移行されつつあることをヒシヒシと感じている。一応自分も何百円かで一曲ダウンロードしたりサブスクリプション方式で音楽を聴いてみてはいるが何か物足りなさを感じることは否めない。やはり自分にとって【音楽を聴く】というのは【実物を所有する】こと。音楽を聴くことは趣味である以上欲求が満たされなければならない。自分の場合、ジャケットやライナーノーツ、歌詞カードが物として実際手元に無ければ欲求が満たされたとはいえない。こういう感覚を持つ人が減ってきていることがLPサイズ表現の軽視に繋がっているのではないだろうか。

パッケージングされた一塊の実物を実際扱うことによって作品個体としての認識が確固たるものとして心に刻まれる。その過程が無くなれば音楽はどこまでいっても概念でありイメージであり形の無いもの、そのことが体に染みついてしまえば10曲であろうが2~3曲であろうが一塊としての認識は希薄になっていく。作品コンセプトなど見逃されがちなアーティストでさえオリジナルアルバムには明確な主義主張が込められている場合がある。また作品が生まれた時代背景あるいは時代を物語る証拠としての価値、そして人の生き死にまで作品が関係してくることもある。

Apple MusicやSpotifyの利用をディスるつもりはない。ただ音楽に限らず利用者、消費者側が気ずいた時、自覚した時点ではもう手遅れであり、事が起こった後はずーっと不便を感じながら、寂しさを感じながら生活を送る、みたいなことって日常の中でよくあることではないだろうか。